リュート弾きの娘





 五年後、王さまは城での遊びに倦んで、おしのびで大きな港町にでかけ、町の宿に招かれることになりました。
 宿には小さな芸人の一団がとどまっていました。もちろん、かつての愛人が属していたような、高名な一座ではありませんでした。踊り子や女の弾き手には娼妓の、男の歌い手には男娼のまねごとをさせるような、荒金稼ぎの一団でした。
 でっぷり太った禿頭の座長が、安っぽい衣装を着た女を、王さまの前に連れ出しました。
 女は、盲目のリュート弾きという触れ込みでした。
 それなりに年をとってはいましたが、女はまぎれもなく、かつて愛した娘でした。
 みすぼらしくやせ衰えてはいるものの、奏でるリュートの音は、寸分も変わっていませんでした。
 王さまは、太鼓腹の座長に女の名を尋ねました。
 聞きなれぬ名とともに、一晩の値が王さまの耳元にささやかれました。
 王さまは、知らぬうちにそれにうなずいていました。
 酒もそこそこに王さまが寝室に入ると、太鼓腹に連れられて、女がやってきました。
 女を寝室に押し込むと、太鼓腹はいやらしい笑みを浮かべたまま扉の向こうに消えました。
 女は目を閉じたまま、何一つ表情を浮かべることなく、そこに立っていました。女は、王さまの知らない名を名乗りました。そして、
「お酒を? それとも、もうお休みに?」
 懐かしい声でそう尋ねました。女は慣れているようでした。
 王さまは、女を思うさま罵り、あざけってやりたい衝動にかられました。
 いつかは、身は売らないと王さまを突っぱねたくせに、今は当たり前のように客の閨にやってくる。
 一座に帰ってこいとあれほど熱心に恋文につづってもらっていたくせに、男に捨てられたのか、あるいはもう会わせる顔もないのか、こんな下賤な旅芸人の中にいる。
 けれど、言葉はかけらもこぼれ出ませんでした。
 王さまは女を引き寄せました。下品に結われた髪をほどき、小さな顔に両手を添わせると、指でその薄いまぶたを撫でました。女はされるがままでいましたが、目に触れられると、唇にかすかな笑みを浮かべました。
 王さまは、女の微笑みを思い出しました。
 はじめてふたりきりでリュートを聞かせてもらった日、拙い褒め言葉を口にした王さまに、はじめて見せた、恥じらうような、花開くような笑み。あれとは、似ても似つかぬ、乾いた表情でした。
「生まれつき、見えないのです」
 客が喜ぶからなのか、座長に言い含められているのか、女はそう言いました。
 嘘だと王さまは知っていましたが、何も言いませんでした。
 女はゆっくり目を開きました。その目はガラス玉のように、何も映していませんでした。
 今晩自分を買ったのが王さまだということにも、きっと気づいていないでしょう。それほど遠く隔たれ、長い時が経ったのです。
 王さまはだまって、女の髪を撫で、痩せたその体を寝台にいざないました。
 女は王さまの胸に頭をあずけ、身をゆだねました。
 王さまはあれから数えきれないほどの女を抱きました。
 それはきっと女も同じなのでしょう、以前ならば決してしなかったような方法で王さまに仕えました。
 六年前、泣いて恥じらいながら、王さまのされるがままだった娘が、まるで娼妓のような手管で。
 最中、王さまはひとことも女に声をかけませんでした。そして、何度目かに肌を合わせた最後、女の中に思いのたけを吐きだしたとき、短く呻いて、女の上に重なりました。
 夜が明ける前、王さまは、女が衣服を着て、部屋を出ていく気配に気づきました。
 まどろみのなかで、王さまは思いました。
 もう二度と会うことはないだろう。
 昨晩のことは、あの女にとってはいつもと変わらぬ仕事のうちのひとつで、今晩も他の客に同じことをするのだ。
 他の男があの肌に触れるのだと、これまでも触れてきたのだと、思い至ったとき、王さまは底知れぬ苛立ちを覚えました。
 はじめてあの女を抱いたのは王さまでした。
 生れ育った一座の中に情夫がいたのに、なぜあの娘はその男に身を許さなかったのか。小さな疑問が生まれましたが、苛立ちに掻き消されました。
 王さまは朝食の席に太鼓腹を呼びつけ、不快さを押し殺しながら、言い値を払うからリュート弾きを請け出したいと伝えました。
 太鼓腹は吹き掛けてきたつもりだったのでしょうが、王さまはその倍の金をくれてやりました。かつて、あの一座の座長に一晩の値として積んだ金子の、何十分の一の額でした。
 太鼓腹は最後に、したり顔で王さまに言い残していきました。
 あれは、子供ができる心配もない、遊ぶには一番の体の女だと。数年前、野垂れ死にかけているのを拾ってやったとき、身ごもっていたが、そのうち流産してしまい、以来、一度も妊娠したことがないのだと。
 王さまは、女を馬に乗せて、町の外れの古びた館に連れて行きました。そこに下女と下男を住まわせ、女の世話をさせることにしました。王さまは相変わらず、女の前ではひとこともしゃべりませんでした。
 王さまは十日に一度、女を囲った館にやってきました。
 そして、女に買い与えた新しいリュートを弾かせ、夜も更けると寝台に連れ込み、寝もやらずその体を味わいました。
 ですが、王さまは放蕩をやめませんでした。
 それなのに、結局は娘の住む館にやってこなければ気が済みませんでした。
 突き放して一月も訪れなかったり、下女にそれとなく他の女がいることをにおわせてみたり。あるいは、きまぐれに贈り物をしたり、雨あられと愛撫を注いで懇願するまで許さなかったり。
 下女から伝え聞いたところによると、女は、日がな一日リュートを抱いて、飽くことなく掻き鳴らしているということでした。
 下女は、女は口数少なくて、扱いにくい主人だとこぼしました。自分を囲う男についても、自分がいる場所についても、何も不思議に思っておらず、尋ねることもしないので、かえって不気味に見えるのだとも。
 そんな風に過ごして、一年が経ちました。
 その年の秋、王さまの都に、あの旅の一座がやってきました。